ちかこ@目白・作

■『千里姫の冒険』(7)

(6)からつづく

●四の章

その日の夜遅く、千里姫は遠くの廊下を走る物音と、男たちの大きな声で目を
醒ましました。(#Interlude No.5の効果音)

「曲者じゃ! 出あえ〜、出あえ〜!!」
千里姫は、ストーカーでも侵入したのかと思い、急いで長押(なげし)に架け
た薙刀(なぎなた)を手探りでつかむと、鞘をパッと払いました。バタバタと
いう音は、長い間つづいていましたが、どうやらこちらには近づいて来ません。

すると、千里姫の部屋の前の廊下を、明かりを持った女の影が、すーっとよぎ
ります。
「だ、誰ね?」
「野々でございます。お変わりは、ございませぬか?」
「うちは、大丈夫たい。…どぎゃんしたとね?」
「屋敷内に、曲者が侵入したようでございます」
「…そいで?」
「いま、ご家来衆が追っている最中でございます。おおかた、市中のコソ泥の
たぐいでございましょう」
「ふ〜ん、うちの熱烈ファンじゃなかねぇ?」
「………」
「マッチかライターなかとね? ほんに、こん時代の照明器具は不便たい」
「野々がお側におりますゆえ、安心してお休みくださりませ」
「そいは、あんがとねぇ。ばってん、そこじゃ寒かとでっしょ? 遠慮せんと、
こっちへ入り、野々しゃん」
野々は障子をスッと開けると、明かりを部屋の中に入れました。と、突然…
「ぎゃぁぁぁぁぁ〜〜〜!!」
そこには、中野サンプラザのコンサートで、#あるOLの青春〜A子の場合〜
を唄うときのコスチュームで薙刀を持ち、しかも髪も結わず、真っ直ぐにたら
したままの、“森高千里”が仁王立ちしていたからです。
「野々しゃん、ごめんね! …ビックリさせよっと? うち、今夜は、こぎゃ
ん格好で寝とったとぉ。…謝るけん、許してほしかぁ」した。
ほどなく、今の叫び声を聞きつけて、家来たちがバタバタと廊下を走ってくる
音がします。しかし、叫び声のした方角が姫君の部屋からだとわかると、走る
勢いが急ににぶってしまいました。やがて、足音も消えてしまいました。
「姫君様ぁ! 大丈夫でござりまするかぁ!?」
「姫君様ぁ!? ご無事でござりまするかぁ!?」
「野々様は、こちらでござりまするかぁ!?」
そんな声が、廊下の外れから聞こえてきました。
「…うちが説明してくるけん、野々しゃんは、ここにいればよかぁ」
「ひひ、姫君! そそ、そのような、お身なりで!!」
千里姫は薙刀を持つと、ガラッと障子を開けて、薄明るい廊下を声のするほう
へ歩いていきました。
ら前の薄暗がりからやってくる、キラキラ光る人影を認めて、明かりをそちら
へ向けました。
そこには、水髪を真っ直ぐにたれ乱し、見たこともないギラギラ光る着物を身
にまとった、大きな女夜叉が、抜き身の薙刀を持ったまま、どんどん近づいて
きます。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜っ!! でぇ、出ぇたぁぁぁぁ〜〜〜!!」
「おおおおおお、おのれぇ〜! ちちちち、魑魅魍魎の妖怪めぇ〜〜!!」
家来衆の中でも、いちばん豪胆な谷口一正が、刀の柄に手をかけます。
「待って! うちは、鬼じゃなかね!!」
「………ここ、これはこれは、ひ、姫君様ではございませぬか!?」
谷口一正のひと声で、いっせいに逃げようとした十人前後の家来たちは、急い
でその場に控えました。
「何事ね? どぎゃんしたと??」
「くく、曲者が、こちらのほうへ…」
「こっちには、来ておらんよ。いまのは、野々しゃんが勘違いばしよって、叫
びよっただけねぇ。なんでもなかぁ」
「そ、それにしても、姫様の、そそ、そのお姿は…??」
江田隆盛が、あっけに取られて嘆息しました。
「どどど、どうなされたので、ござりまするかぁ〜??」
「こいは寝間着がわりに、着よっただけねぇ」
家来たちは、千里姫に見とれて、それも特にミニキュロットスカートから下に
見とれて息をのみ、すっかり度肝を抜かれてしまいました。
「なに、ジロジロ見よっとねぇ? 早う曲者を追いかけんと、いかんよ!」
「ははぁーーーっ」
「あっ、そいはそうと、組頭の上岡しゃんと北村しゃんは、おっとねぇ?」
「ははぁっ、ここに!」
上岡和兵衛が、急いで姫の前に控えました。
「それがしでござりまする!」
北村康之介もつづきます。
「昼間、うちのせいで怪我ばしたとねぇ??」
「いえ、たいしたことはござりませぬ」
「ほんの、かすり傷程度でござりまする」
二人は、千里姫の前に平伏して答えました。
「ごめんねぇ。うちも、ちょっと大人げなかったとぉ。許してほしかぁ〜。ゴ
キブリば追いかけとったら、つい夢中になってしもうたとね。ばってん、たい
した怪我でなくて、ほんなこつ、ホッとしたとぉ〜」
千里姫はそう言うと、ひれ伏している二人の前にしゃがみました。
「いいえ、もったいないお言葉でござりまする!」
「氏名を憶えていただいたのでさえ、恐悦至極でござりまする!」
そのとき、二人が同時に顔を上げたのです。

「キャ〜〜〜ッ!!」
千里姫は、思わず叫んで後ずさりしてしまいました。二人とも、顔は腫れ上が
でも、出てきそうな顔立ちをしていたのです。
「…ふふ、2人とも! そんお岩さんごたる怪我ば、い、いったいぜんたい、
どぎゃんしたとね!? ま、まるで、ミイラ男たい!」
「…でで、ですからぁ、姫君様にぃ、やられたのでございます!」
「ゲ〜〜ッ、うちが、なんばしよったとねぇー!? そぎゃんひどかこつは、
うち、ぜーったいにしとらん!」
「で、ですからぁ、それがしはぁ、その薙刀で足を払われてぇ、お庭の敷石の
上に、そのまま顔から落ちたのでございます」
…と、北村康之介が、あきれて答えました。
「拙者はぁ、姫君様をお止めしようとしてぇ、逆に庭へ突き飛ばされて、石燈
篭へ顔を、まともにぶつけたのでございます」
…と、上岡和兵衛は、半ば憮然として答えました。
「そ、そいは悪かったとねぇ。カンベンしよらんねぇ〜。…ウワッ、痛そうた
い。…ちゃんと、治療ばしよっと?」
「御殿医の山田様と薬師(くすし)の平野様に、診ていただいております」
「こんお屋敷に、お医者さんがおっとね?」
「…はあ??」

そこへ、千里姫の叫び声を聞きつけて、家老の西村修衛門と野々が、ほとんど
同時にやってきました。
「なにをしておる!? 曲者はどうした!?」
「ひひ、姫様ぁ!?」
「うちは、ここねぇ。こん2人に、いま昼間んこつを謝っとったところたい」
「ここ、この無礼者! 姫君のそのようなお近くに、ピタリと擦り寄りおって、
二人とも、いったいぜんたいなにをしておるのだ!! ……ひひ、姫君様、そ
そそそ、そのお姿は!?」
家老の西村修衛門は、呆気に取られてしまいました。
「あ、こんばんは、西村しゃん。…ご家老、ご苦労!…なんちゃって、キャハ」
「プーーッ、あっはははは…」
怪我をした2人をはじめ、そこに居あわせたご家来衆一同は、千里姫の駄洒落
に思わず吹き出してしまったのですが、家老のキッと吊り上った怖い顔を見る
と、再び、ひれ伏してしまいました。

あたりは、シ〜〜ンと静まり返ってしまいました。その中で、シクシクとすす
り泣く、乳母の野々の声だけが、かすかに聞こえています。
「そそ、それが、ミニクロウタとかいうものでござりまするか??」
家老は、その場へ跪くと、しげしげと千里姫を眺めています。
「そうたい、こいがミニキュロットねぇ。動きやすくて気持ちよかぁ。うち、
だ〜い好きだけん。コンサートでは、ずーっと着つづけようと思うとる」
「…ほ、ほほう。こ、これは聞きしに勝る、すばらしいお召し物でございます
なぁ。この老いた西村めには、ちと強烈すぎて、もったいのうござる」
「ご家老様!!」
今度は野々が、家老を怖い顔でニラんでいます。
「いやいや、これほど見事なものとは…。これ、北村に西村、ぜんたいどうし
たのじゃ? …これこれ??」
「い、いえ、ご家老、鼻血でござりまする」
「拙者も、先ほどから鼻血が止まりませぬ」
「も、もう殿方は、これだからイヤでござりまする!! 姫様、ささ、早うお
部屋のほうへ、戻られねば…!」
「“見て”の汐留んときは、こげなもんじゃなかったとねぇ。背中割れの、真
っ赤なホディコンば、もっとたいっぎゃ凄かよぉ〜」
「ひ、姫様っ!!」
野々は、その場に膝を崩して横座りになった千里姫の手を強く引くと、部屋ま
でグイグイとひっぱっていきました。

(8)へつづく