ちかこ@目白・作

■『千里姫の冒険』(28)


(27)からつづく

●十三の章


「ひ、姫様、いけませぬ! なな、なにをなさるのでござりまするか!?」
「んもう、野々しゃんは、相変わらずたい」
「し、しかし、これから、姫君様おんみずから洗濯なぞと…」
「うちは、こん黄絣とステージのコスチュームが洗いたかねぇ!」
「な、なりませぬ!」
「こん時代は、道路が舗装ばされとらんけん、街中を歩くと裾もとが、たいっ
ぎゃ汚れよっとねぇ」
「いけませぬ!」
野々は、千里姫の浴衣の裾を掴んで離しません。

「今から洗いよれば、明日の朝には乾いとっと」
「絶対に、いけませぬ!」
「どぎゃんして、いけんとねぇ!?」
「大名家の姫君様が、おんみずから洗濯をするなどと、この野々は生まれてこ
のかた、見たことも聞いたこともござりませぬ!」
「じゃあ、生まれて初めて、見ればよかぁ」
「ひ、姫君様!」
「んもう、さっきお風呂へ入ったとき、ついでに洗っとけばよかったと!」
「なりませぬ!」
「野々のいぬ間の、洗濯たい!」
「わ、わたくしめは、鬼ではござりませぬ!」
「今度ぉ、お風呂に入ったらぁ、鬼たいじの歌ば、聴かせてあげるけん」

「さ、さっきも湯殿で、サンポだのリンソだのサワだのと、わけのわからない
ことを申されて、おかげで大混乱でござりました!」
「シャンプーとリンスと、シャワーたい」
「それで、ついでにスッポンがないなどと申されて…」
「スポンジね。だから、ヘチマば使(つこ)うたじゃなかね」
「ど、どこの世に、ヘチマで身体をこすられる姫様が、おられるのでござりま
す!? 殿方ではござりませぬぞ!」
「ごしごし、あいはあいで、たいっぎゃ気持ちよかったとぉ」
「湯殿付の女中が、しまいには、泣き出してしまったではござりませぬか?」
「……あいは、悪かったとね」
「しかも、湯船の中へ、こともあろうにざんぶと飛び込んだりなされて!」
「ばってん、お湯にザブ〜ンと漬からんとぉ、お風呂に入った気がせんけん」
「どこの姫君が、上がり湯の中に、お首まで漬かるのでござります!?」
「漬かったら、いかんとねぇ?」
「し、しかも、頭に手拭いを載せられて、いい湯だな〜極楽極楽〜…などとは、
どこぞの姫君様であらせられまする!?」
「だってぇ、気持ちが良かったけ〜ん」
「お黙りなされませ!」

「あーっ、洗濯がしたかぁ!」
「そ、それになんでござりますか、団扇などを使われて…。まこと、下品でご
ざります!」
「いいじゃなかね、お風呂でのぼせたけん、ちょっとあおいだだけたい」
「姫君様は、扇をお使いなさいませ! 団扇など、下層の道具でござります」
「扇は、うち好か〜ん。団扇のがよかぁ」
「湯殿から浴衣姿で、しかも手拭いを肩に、団扇をはたはたさせながら、お屋
敷中を歩き回られるとは…! みな家臣が、呆っ気に取られていたではござり
ませぬか。野々は、開いた口がふさがりませぬ!」
「ちょっと、夕涼みばしとっただけねぇ」
「…岡本殿など、無礼にも絵筆を取る始末!」
「きれいに描けよっただろかぁ?」
「しかも、岡本殿の前で、姫様は立ち止まられて……、その…」
「ポーズば、とっとっと」
「それに、あの団扇に、なにか書いていたではござりませぬか?」
「あいは、大きく“ち”と書いてもろうたとね」
「“ち”とは、なんでござりまする!?」
「千里の“ち”たい」
「で、その団扇はどうされたのでござります? ここへ、ここへお出しくださ
りませ。野々がお預かりいたします!」
「あいは、岡本しゃんがどーしても欲しかぁこつ言いよるけん、サインばして
上げよったとねぇ。だから、今度は“さ”を書いてもらうけん…」
「ど、どうして今夕、ご家老様に謹慎を申し付けられた岡本殿が、姫君様の前
で絵などを、平然と描いているのでござります!?」
「…そげんこつ、うち知ら〜ん。…ほんじゃ、いつか、“と”の団扇も作らん
といかんねぇ〜」
「ま、まこと、このお屋敷の中の綱紀と風紀は、乱れきっておりまする!!」

「あっ、うち、もう一度、お風呂入ろっと」
「ひ、姫君様! 洗濯は、なりませぬ!!」
「洗濯じゃなかね。お風呂に入るだけたい」
「では、なぜゆえに、それらのお召し物を持たれるのでござりますか!?」
「ほんなこつ、まー、よかよか」
「なにを申されるのでござりまするか!? 洗濯など、下々の者のすること。
台所の下女にでも、まかせておけばよいのでござります」
「ばってん、こん帯や着物には、ステージでん早変わりのために、マジックテ
ープば、いくつも付いとっと。こん銀色のコスチュームも同じたい」
「な、なにをまた、わけのわからぬことを、この野々めに申されているのでご
ざりまする!?」
「だからー、人まかせにすっと、マジックテープが痛むかもしれんけ〜ん」
「そのように、またおかしげなことを言われて、野々を煙に巻こうとされても、
もう野々は承知いたしませぬ!」
「ねえ、放して、野々しゃん!」
「なりませぬ、姫様!」

「じゃあ、ミニキュロットでぇ、日本橋と両国橋ば、渡りよっとぉ!」
「………」
「ついでに、辻々にありよる自身番の前で、17才ば踊りよっとねぇ!」
「………」
「チャチャチャチャッチャチャ〜ン、♪だ〜れもいない海〜…」
「ひ、姫様っ!」
「…ほれほれ、強情ば張らんとぉ、放しよらんねぇ」
「…姫君様に洗濯などさせたとあっては、野々末代までの恥!」
「じゃあ、野々しゃんも一緒に、洗濯しよ」
「………」
「ほれ、一緒に、お風呂行こ」
「…では、ひとつお約束をしてくださりませ」
「なんな?」
「あの下品な…、殿方が身につける六尺のような、パン…なんとかいうものは、
お履きにならないでいただけまするか?」
「パンツね?」
「さ、左様でござりまする」
「…あいがなかと、たいっぎゃスースーすっ」
「では、ここをお通しいたしませぬ!」
「…わ、わかったとねぇ。M印パンツば履かんけん、通してくれんねぇ」

(29)へつづく