ちかこ@目白・作

■『千里姫の冒険』(26)


(25)からつづく



「いやぁ、食った食った。やはり、浜町河岸の天ぷらは、最高でござるよ」
その夜、江戸市中の千里姫探索から戻った池田征衛門が、上屋敷の脇門を抜け
て、玄関に向かいながら言いました。

「いやいや、深川のどじょう鍋も、やはり捨てがたい」
岡本淳蔵が、それを受けました。
「いやいや、そう言うそこもとたちでさえ、上野の焼き鳥は、みな喜んで食し
ておったではないか」
山崎蒲田ノ丞が、焼き鳥の小包を鼻先にぶら下げて言います。
「なんの、山崎殿。そちがいちばん、両国の鰻飯をおかわりしたではないか?」
江田隆盛が、山崎蒲田ノ丞の背後からクギを刺します。
「た、確かに。…あっはっはっはっ」
「いやいや、江田殿とて、南蛮のカステイロを、二皿も頼んでおったぞ」
土産包みに入ったカステイロを、江田隆盛の鼻先へ突きつけながら、芳賀浩助
がご機嫌な声を上げました。
「それがしは、みなのあとをついて廻っただけだが、ヒック、これほど旨いも
のが江戸の町に、ヒック、あふれておるとはのう…ヒック。佃島と永代橋の白
魚料理は、絶品でござった…ヒック」
いちばん酔いの回っている細淵正之助は、しゃっくりが止まりません。

6人は、玄関先から屋敷内へ上がろうとしたのですが、衝立ての陰に、家老の
西村修衛門がいるのを見ると、ギョッと立ちすくんでしまいました。
「こ、これはこれは、ご家老様! そこにいらしたのでござりまするか?」
江田隆盛が、すばやく気を取り直して言いました。
「こ、このようなところまで、お、お出迎えとは…」
家老付の山崎蒲田ノ丞は、驚きを隠せません。
「ふむ。…で、首尾はどうじゃ?」
「そ、それが、四方八方、手を尽くして探索いたしたのでござりまするが、千
里姫様は、いまだに行方が、ようとして知れませぬ!」
池田征衛門が、玄関先に平伏して報告しました。
「本日は、両国に深川、浜町河岸、永代、上野、日本橋と走り回ったのでござ
りまするが、姫君様の手がかりになるようなものは、いっこうに…」
岡本淳蔵がつづけます。
「ほほう、なにやら江戸の旨いものが、ひと通り都合よく、食べられそうなと
ころばかりではないか?」
「い、いえ、ご家老様。ヒック、姫君様は、美味しいものにお弱いゆえ、それ
がしたちも、ヒック、ようよう考えまして、仕方なくそのようなところへと参
ったのでござりまする」
細淵正之助が、まわらぬ呂律で言いました。

「して、探索費の余りは、どれぐらいじゃ?」
「ははぁっ、ご家老様。まだ、十両ほどございまする。したがいまして、明日
は、三十両ほど出していただくだけで、大丈夫でござりまする」
勘定方の芳賀浩助が、すかさず答えました。
「すると、今日一日で、三十両も遣ったのかのう?」
「ははぁっ、江戸の賑やかな場所を、片端からお探ししましたゆえ、なにかと
物入りでござりました」
家老の西村修衛門のこめかみに、十字の血管がみるみる浮き上がりました。
「なるほどのう。片端から、お探ししたとよのう…」
「ははぁっ」
「片端から、旨いものを、食ってのう…」
「………」
「こ、この、たわけ者めら!!!」
「は、はぁ??」
「姫君様なら、先ほど夕刻に、お屋敷へちゃんと戻られておるわ!!」
「…は、ははぁーーーっ!?」
「なにが、ははぁーっだ!! 六人も雁首そろえおって、いったい江戸市中の
どこを探しておったのだ!? この、大ばかもんが!!」

そのとき、屋敷の中から小兵(こひょう)がひとり、走り出てきました。
「お呼びでございますか?」
家老の前に平伏したのは、中間(ちゅうげん)の大場嘉門でした。
「なんじゃ!? そちなど、呼んでおらぬわ!!」
「ははぁっ!」
「追って沙汰をするまで、六人とも部屋で謹慎しておれ!」
「ははぁーーっ! …ご、ご家老様に申し上げます!」
「なんじゃ? 弁明でもすると申すのか!?」
「じ、実は、これは日本橋の、珍しき南蛮のカステイロでござりまする」
「こ、これは、上野の焼き鳥でござりまする」
「だから、どうしたというのじゃ!?」
「ご家老様に、お土産でござりまする!」
「ま、まだ懲りぬか! この大ばかもんども!!」
「ははぁっ。お呼びでござりまするか?」
「誰も、そちなど呼んでおらぬわ!!」
家老の西村修衛門は、大場嘉門を突き飛ばすと、ドシッドシッと廊下を奥へ、
歩いて行ってしまいました。

(27)へつづく