ちかこ@目白・作

■『千里姫の冒険』(23)


(22)からつづく



「おー、岡本殿、待ちわびたぞ。…して、首尾はいかに??」
細淵正之助をはじめ、三川藩で急遽編成された<千里姫探索方御役目>の面々
が、日本橋のたもとに顔をそろえていました。全員、家紋のない藩邸羽織りに、
顔が見えないよう編笠を目深にかぶっています。

「うむ、これだ。…予想以上の出来栄えでござる」
岡本淳蔵は、懐中からいかにも大事そうに、“銀色の夢・ちさと太夫”の刷り
上がりを、取り出して見せました。
「ここ、これは!?」
家老に無理矢理、探索方へ入れられてしまった、勘定方の芳賀浩助が絶句して
しまいました。それほど、その錦絵の出来がよかったのです。
「これほどの出来とはのう…。岡本殿、おぬしはケチな宮仕えなど辞めて、絵
師になられたらどうかのう?」
細淵正之助が言いました。
「こ、これを何枚、刷ったのでござるか!?」
池田征衛門が、せき込んで尋ねます。
「十枚でござるよ。それだけあれば、それがしたちの探索には十分」
「そ、それは、そうでござろうが…」
「十枚とすると、今の姫君様のお品物相場からいいますと、一枚五十両は下ら
ぬ…と思われる」
さすが勘定方、芳賀浩助が素早く、相場値を計算しました。
「ご、五十両とは…。拙者がふた月飲まず食わずで、やっと貯まる額でござる」
池田征衛門が、ため息をつきます。
「拙者は、虎の子の釣竿を全部売り払っても、五十両できるかどうか…」
細淵正之助が、悔しそうに“ちさと太夫”の錦絵を見つめました。
「この、姫君様探索に、ご家老が供出された四十両を横領しても、この絵一枚
手に入らぬのでござるなぁ…」
懐から金包みを出して、芳賀浩助が嘆息しました。

「この絵を、各自が所持して、千里姫様がお立ち寄りになりそうなところを、
片端から聞き込みするのでござるな?」
三川藩邸見廻りの、江田隆盛が1枚受け取りました。
「拙者にも、一枚くだされ」
家老の腹心、山崎蒲田ノ丞も手を出しました。
「拙者には、二枚くだされ」
「い、池田殿。おぬしは、なぜゆえに二枚なのでござる?」
岡本淳蔵が、聞きとがめます。
「い、いや、二枚のほうが、なにかと探索しやすい…と申すか、いろいろと便
利ではないかと…そう判断したがゆえに…」
「おぬし、池田殿! 一枚を私物化するおつもりか!?」
江田隆盛が、池田征衛門にくってかかりました。
「いや、そ、それがしは、そのような気は毛頭ござらぬ!」
「では、なぜゆえに!?」
山崎蒲田ノ丞も、気色ばんで問い詰めます。
「いやいや、それがしの思いつき。…一枚を懐に、してもう一枚を姫君様のお
出入りしそうなところへ、貼り出したらどうかと…」
「内密に姫君様をお探し申すのに、なぜゆえにポスター…いや公に貼り出すな
どと、たわけたことを…。言いわけが、まことに不自然でござるよ」
細淵正之助も、すかさずたたみかけました。
「…ええい、もう、わかり申した!! 拙者、その一枚を、なにを隠そう私物
化しようとしていたのでござるよ!! おのおの方、これで満足でござるか!?
拙者は、この絵が、どーーしても欲しいのでござ〜る!!」
池田征衛門は、とうとう開き直ってしまいました。

「……やはりな、池田殿。ひとり、抜け駆けはいけませぬ」
「そうじゃそうじゃ、欲しいのは、みなも同じ」
「いやいや、おのおの方。これから配る一枚は、それぞれ用が済み次第、おぬ
したちのものにしてかまわぬ」
「おおっ、岡本殿! なんという太っ腹! かたじけのうござる」
「いやいや、これぐらいの役得がなければ、ご家老のご命令なんぞに…」
家老の腹心、山崎蒲田ノ丞もホクホク顔で言いました。
「こ、これ、芳賀殿。どこへ行かれる?」
一同の輪から離れて歩き出した芳賀浩助を、岡本淳蔵が呼び止めました。
「い、いや、これから、絵を飾る額か軸の品定めを、伊東屋にでも行って…」
「あ、そうでござる。拙者は、この絵を飾って貼る暦(こよみ)でも、紀伊国
屋で見つけなければ…」
「芳賀殿に池田殿! それは、姫君様が見つかってからでござろう!?」
「…そ、それもそうでござる」
2人はしぶしぶ、また一同と合流しました。

「さて、姫君様のお立ち寄りになりそうなところは、どこかのう?」
細淵正之助が、江戸市内の絵地図を開きます。
「さっきも話しておったのだが、姫君様は美味しいもの好きでござりますゆえ、
両国の鰻料理など、所望されたのではないかな…」
江田隆盛が言いました。
「いやいや、やはり浜町河岸の天ぷらか、佃島の白魚の踊り食いでござるよ」
…と池田征衛門。
「そうとは限らぬ。深川のどじょう鍋も、また格別でござる」
…と岡本淳蔵。
「拙者は、上野の焼き鳥がいちばん気になる」
…と山崎蒲田ノ丞。
「いや、ここはやはり、日本橋の南蛮カステイロでござるなぁ」
…と芳賀浩助。
「おのおの方、いい加減にせぬか。それがしたちは、大江戸旨いもの食べ歩き
をするのではござらぬ! 姫君様をお探しするのであろう!?」
細淵正之助が、絵地図を折りたたみながらたしなめます。

6人の侍たちは、小半時もさんざん議論したあげく、とりあえずは浜町河岸へ
と向かうことにしました。

(24)へつづく

(24)へつづく