ちかこ@目白・作

■『千里姫の冒険』(10)


(9)からつづく



「木曽忍者さん、出てきて! どこにおっとぉ??」
千里姫に、いえ、お屋敷の森高に呼ばれた木曽忍者は、天井板を1枚はがすと、
ストンと器用にカッコよく、千里姫の前へ片膝をついて着地…する予定でした
が、ドスンとお尻から落ちて尾底骨をしこたま打ちつけてしまいました。
「…あた、ホントに忍者ねぇ?」
「し、失礼つかまつりましてございます。ウッ、イテテ…」
「そいに、ぬしゃなして風車(かざぐるま)ば持っとっと?」
「い、いえ、このようなものを拙者が持っていたほうが、あとあと物語の展開
が、面白くなるのではないかと…」
「よけいなお世話たい」
「ははぁっ」
「そいより、こいから千里姫を探しに行きよる。つき合ってくれんね?」
「……はぁ??」

木曽忍者は、千里姫の説明をなかなか納得してはくれませんでした。千里姫か
ら、なんで当の千里姫を探索する命令を受けなければならないのか、皆目理解
できなかったのです。またしても、いつもの姫の気まぐれと悪戯が始まった…
ぐらいにしか思えませんでした。
「だからぁ、うちは森高千里でぇ、ここんお屋敷の姫様とは別人ねぇ」
「…はぁ」
「たまたま、顔カタチも声もソックリだったせいで、間違えられよったと〜」
「…はぁ」
「うちは1991年から来たとだけん、こいから戻らんといかん。中野サンプ
ラでコンサートの途中ねぇ。そいには、千里姫を探し出さんとダメねぇ」
「…はぁ」
「千里姫は、鬼面党に誘拐されよったと! そいを、こいから助け出さんとい
かんよ。そいには、あたに、うちんボディガードになってほしかぁ〜」
「…はぁ」
「こいからすぐに、馬ば用意しよらんね。そんくらい、木曽忍者なら、すぐに
できっとでっしょ?」
「…はぁ」
「…あた! 人ん話ば、ちゃんと聞いとっと!? 聖子ちゃんじゃなかね!」
「は、ははぁっ、聞いております!」
「だったら、早う馬のしたくばせんねぇ!」
「し、しかし、お言葉を返すようですが、殿やご家老がなんと言われるか…」
「こいは、木曽忍者さんと、うちん秘密たい! うちは千里姫じゃなかぁ!」
「…はぁ」
「#♪OYE COMO VA MI RITOMO BUENO PA
GOZAR MULATA〜…、ほれほれ、こげん変な歌、千里姫が唄いよっ
とねぇ?」
「………?」
「んもう、じれったかぁ! あたは、うちに付いて来ると? そいとも、付い
て来んとね!?」
「…つ、付いてまいります」
「ほんなこつ、うちが昔の千里姫じゃなくてもよかね?」
「…姫様が、昔の姫様であろうがなかろうが、どこまでも付いてまいります」
「そいで、よかね! うちんファンは、そうでないといかんよ〜」
「ははぁっ!」
…といった、わけのわからない相談の末、江戸の町木戸が開く早朝をみはから
って、1991年の千里姫と木曽忍者は、密かに馬を駈り、三川藩の上屋敷を
抜け出しました。
もちろん千里姫は、この時代に来たときの身なりに着替えています。

「姫様、しっかり掴まっていてくださりませ!」
木曽忍者は馬を早歩で進めると、背後の千里姫に叫びました。
「…ちょっと、木曽忍者さん!?」
「はい、なんでござりまするか!?」
「あた、黒装束の背中に刀しょって、忍者んかっこのまんまじゃなかね!?」
「なにか、不都合でも!?」
「不都合だらけたい! うちは忍者ですって、町中に宣伝ばしよっと!?」
「あ、あとで着替えまする!」
「…ちょっと、木曽忍者さん!?」
「は、はい、なんでござりまするか?」
「こん馬ば、どっから連れてきたと!?」
「はぁっ、お屋敷の馬を連れ出すと気づかれますので、拙者の知り合いの材木
問屋に頼んで、借りてきたのでござります!」
「こいは、道産子と同じで農耕馬んこつごたる! カッコ悪かぁ!!」
「木曽ヒノキを切り出す、木曽馬でござりまする!」
「こういうときは、やっぱアラブかサラブがよかねぇ! なしてうちに、事前
に相談ばせんとねぇ!?」
「ははっ、今度から気をつけまする!」
「いま気をつけて欲しかったと! そいに、あたは、乗馬がオヘタねぇ〜!」
「は、はぁ!?」
「ちょっと止めんね! 交代っ!」

千里姫は、さっそうと木曽馬にまたがると、木曽忍者を背に日本橋方面へ向け
て疾走し始めました。
木曽馬は、林業で大木を運搬するのに用いられますから、和馬の中でも大型で
体重も重く、すごい地響きを立てて疾走します。
「ひ、姫様っ!! ひ、姫、ひ〜〜〜〜っ!!」
「あた、そいでも忍者ねぇ!? しっかり、うちんしがみついて、ちょっぴり
我慢しんしゃい! ばってん、どさくさにまぎれて、へんなとこにしがみつい
たらいかんよー!」
「…し、しがみつこうにも、姫様のお胸…」
「ぶ、無礼者のエーベックス者!! …ほれ! 手ばもっと下ね!!」」
「ははぁっ!」
「うちの裾がまくれんよう、手で押さえとっと!」
「ははぁっ! ひ、ひ〜〜〜〜っ!」
「さぁ〜〜、こいから千里姫の#大冒険だけんね!」
「ひ〜〜〜〜っ! 目がまわりまするぅ〜!!」
「ガマンしんしゃい!!」

早朝、浜町河岸(はまちょうがし)と八重洲河岸に出かける魚屋や、神田須田
町の青果市場へ通う青物屋(=八百屋ですが、江戸では青果屋とか青物屋とい
います。八百屋は大阪言葉)たち、それにお城の普請の大工たちが、この奇妙
な2人乗りの馬を、呆れたように見送っています。

(11)へつづく